かつて行政の側で数多くの病院指導や監査に携わってきた私の経験から言わせてもらえば、不正を働こうとして監査を受ける病院よりも、不注意や知識不足、そして「現場の暴走」によって窮地に立たされる病院の方が圧倒的に多いのが現実です。多くの院長や事務長は、自分たちは正しいことをしていると信じていますが、監査官の目で見ると、その足元には無数の落とし穴が掘られています。最も多い落とし穴は、施設基準の「解釈の甘さ」です。診療報酬の算定要件は非常に複雑で、毎年のように改定されますが、病院側が自分たちに都合の良いように解釈してしまい、本来認められない加算を取り続けているケースが散見されます。監査官は、言葉の定義一つ一つを厳格に適用しますから、そこに少しでも曖昧さがあれば、それは即座に不当請求とみなされます。次に、現場での「慣習」の恐ろしさです。長年同じように行われてきた事務処理や看護記録の書き方が、実は現在のルールから逸脱しているということがよくあります。新しいスタッフが入っても「うちはこうしているから」と間違ったやり方が引き継がれ、それが組織全体のスタンダードになってしまう。監査官がカルテを開いたとき、すべての患者に対して全く同じ文言で指導記録が書かれていれば、それは指導の実態がないと判断される有力な証拠になります。さらに、事務部門と診療部門のコミュニケーション不足も大きなリスクです。医師が多忙を理由にカルテ記載を後回しにし、事務員が憶測で点数を入力する。このような連携の欠如が、結果として事実と異なる請求を生み出します。監査は、こうした小さな綻びを一つずつ手繰り寄せ、最終的には組織のガバナンスの欠如という大きな問題を炙り出します。私が見てきた中で、監査を無事に乗り越える病院に共通していたのは、トップが常に最新の法規に耳を傾け、現場に対しても「正しい記録がなければ医療は完結しない」というメッセージを伝え続けている病院でした。経営の効率化を求めるあまり、ルールの遵守を後回しにすることは、自分で自分の首を絞める行為に他なりません。監査官の視点とは、すなわち社会の厳しい監視の目そのものであり、その目に耐えうる透明性を確保することこそが、病院経営を安定させる唯一の王道なのです。