私が自分の体の異変に気づいたのは、30代を目前にしたある日のシャワー中のことでした。何気なく首筋を洗っていると、右の耳の下あたりに、パチンコ玉くらいの大きさの、コリコリとしたしこりがあるのを見つけたのです。押しても特に痛みはありませんでしたが、今までそこになかったはずの塊の存在は、私の心に重い不安の影を落としました。「何かの悪い病気だったらどうしよう」。その日から、私の頭の中はそのことでいっぱいになりました。仕事中も、ふとした瞬間にしこりのことを考えてしまい、集中できません。何度も指で触ってはその大きさを確認し、少しでも大きくなったのではないかと、一喜一憂する毎日でした。インターネットで「首のしこり 原因」と検索すると、悪性リンパ腫やがんの転移といった恐ろしい言葉ばかりが目に飛び込んできて、私の不安は恐怖へと変わっていきました。このままでは精神的におかしくなってしまう。そう思い、私は意を決して、近所の耳鼻咽喉科を受診することにしました。なぜ耳鼻咽喉科を選んだかというと、首から上の領域の専門家だという情報をインターネットで得たからです。診察室で、震える声で症状を伝えると、医師は私の首を丁寧に触診し、そして鼻や喉の奥をファイバースコープでじっくりと観察しました。緊張で心臓が張り裂けそうになる中、医師は穏やかな口調でこう告げました。「心配ないですよ。これは、少し前にひいた風邪か何かで、喉の奥に軽い炎症が残っていて、そのせいで近くのリンパ節が反応して腫れているだけです。悪いものではありません」。その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜け、涙が出そうになるのを必死でこらえました。医師は続けて、「リンパ節は体の『見張り番』のようなもの。ばい菌が入ってくると、戦うためにこうして腫れるんです。体の正常な反応ですよ」と、リンパ節の働きについて分かりやすく説明してくれました。念のため、数週間後に再診することになりましたが、炎症が治まるにつれて、あれほど私を悩ませていたしこりは、徐々に小さくなっていきました。この経験を通じて、私は不確かな情報に怯えることの愚かさと、専門医の診断を受けることの重要性を痛感しました。あの時、勇気を出して病院へ行って、本当によかったと心から思っています。

たかが虫刺されと油断した結果。私の蜂窩織炎体験記

あれは、夏の終わりに友人たちとキャンプを楽しんだ数日後のことでした。足首のあたりに、ブヨに刺されたような赤い腫れが一つ。いつものことだと、市販のかゆみ止めを塗って、さほど気に留めていませんでした。しかし、その翌日、異変は始まりました。虫刺されの周りの赤みが、直径10センチ以上にまで急速に広がり、触ると熱を持っているのが分かりました。そして、ズキズキとした脈打つような痛みが走り始めたのです。歩くと足首に激痛が響き、普通に歩くことすら困難になりました。その日の夜には、悪寒と共に38.5度の高熱が出ました。さすがに「これはただの虫刺されじゃない」と、私は強い恐怖を感じました。インターネットで「虫刺され 赤み 腫れ 熱」と検索すると、「蜂窩織炎」という、それまで聞いたこともなかった病名が目に飛び込んできました。そこに書かれていた症状は、私の状態とあまりにも一致していました。翌朝、私は足を引きずりながら、近所の皮膚科クリニックへ駆け込みました。医師は私の足を見るなり、「ああ、これは典型的な蜂窩織炎ですね。虫刺されの掻き傷から細菌が入ったのでしょう」と即座に診断を下しました。そして、「もう少し遅かったら、入院して点滴治療が必要になるところでしたよ」と、病気の深刻さを説明してくれました。治療としては、まず原因菌に効くであろう抗生物質の飲み薬と、炎症を抑える塗り薬が処方されました。そして何より、「足を心臓より高くして、絶対に安静にしてください」と固く指示されました。その日から、私は仕事を休み、自宅でひたすら安静を保つ日々を送りました。処方された抗生物質を飲み始めると、2日ほどで熱は下がり、激しい痛みも徐々に和らいでいきました。しかし、足の赤みと腫れが完全に引くまでには、10日以上かかりました。たかが虫刺されと油断した、ほんの少しの不注意が、これほどまでに辛い経験に繋がるのだと、身をもって知りました。この一件以来、私は小さな傷でも消毒を徹底し、異常を感じたらすぐに専門医に相談するようになりました。あのズキズキとした痛みは、私にとって忘れられない教訓となっています。

蜂窩織炎の原因と症状。なぜ起こるのか?

蜂窩織炎は、私たちの皮膚のバリア機能が破られることで、細菌が皮下組織に侵入し、感染・増殖することによって引き起こされる皮膚感染症です。原因となる細菌は、主に「黄色ブドウ球菌」や「化膿レンサ球菌(溶連菌)」といった、私たちの皮膚や鼻の粘膜などに普段から存在している常在菌です。健康な皮膚は、これらの細菌の侵入を防ぐ強固なバリアとして機能していますが、何らかの原因でそのバリアが破られると、細菌が内部へ侵入し、炎症を引き起こすのです。蜂窩織炎の引き金となる、皮膚のバリア機能の破綻は、日常生活の様々な場面で起こり得ます。例えば、切り傷や擦り傷、靴擦れといった小さな怪我、虫刺されや湿疹を掻き壊した傷、あるいは水虫(足白癬)によって皮膚がめくれたり、ひび割れたりした部分などが、細菌の侵入口となります。また、アトピー性皮膚炎などで皮膚が乾燥し、バリア機能が低下している状態も、リスクを高める要因となります。侵入した細菌は、皮膚の深い層である真皮から、さらにその下の皮下脂肪組織にかけて、網の目のように広がりながら増殖していきます。このため、蜂窩織炎の症状は、局所的ではなく、比較的広範囲にわたって現れるのが特徴です。初期症状としては、患部が境界不明瞭に赤く腫れあがり、触ると熱っぽく感じられます(熱感)。そして、ズキズキとした拍動性の痛みを伴います。炎症が強くなると、皮膚がパンパンに腫れて硬くなったり、水ぶくれ(水疱)ができたりすることもあります。症状は、足(特にすねや足の甲)、腕、顔などに好発します。さらに、炎症が全身に及ぶと、38度以上の高熱や悪寒戦慄(寒気と震え)、関節痛、頭痛、全身の倦怠感といった全身症状が現れます。また、近くのリンパ節が腫れて痛むこともあります。蜂窩織炎は、見た目以上に深刻な感染症であり、放置すると、細菌が血流に乗って全身に広がる「敗血症」や、皮膚の組織が壊死してしまう「壊死性筋膜炎」といった、命に関わる重篤な状態に移行する可能性も秘めています。皮膚の急な赤みと腫れ、痛みに気づいたら、速やかに医療機関を受診することが極めて重要です。

蜂窩織炎の治療法。抗生物質の重要性と安静の必要性

蜂窩織炎の治療は、原因となっている細菌を叩くこと、そして炎症を鎮めることが基本となります。治療の成否は、いかに早く、そして適切に治療を開始できるかにかかっています。治療の主役となるのは、間違いなく「抗生物質(抗菌薬)」です。蜂窩織炎は細菌感染症であるため、原因菌の増殖を抑え、死滅させるための抗生物質の投与が不可欠です。原因菌として最も多い黄色ブドウ球菌や化膿レンサ球菌に有効な、ペニシリン系やセフェム系の抗生物質が第一選択として用いられることが一般的です。軽症から中等症で、全身状態が良好な場合は、飲み薬(内服薬)による治療が可能です。医師から処方された抗生物質を、指示された日数分、必ず最後まで飲み切ることが非常に重要です。症状が良くなったからといって自己判断で服用を中止してしまうと、生き残った細菌が再び増殖し、再発したり、耐性菌を生み出す原因になったりします。しかし、高熱が出ている、痛みが非常に強い、赤みや腫れが広範囲に及ぶ、あるいは糖尿病などの基礎疾患があるといった重症の場合は、入院して点滴による抗生物質の投与が必要となります。点滴は、薬の成分を直接血管内に送り込むため、内服薬よりも迅速かつ強力な効果が期待できます。抗生物質による治療と並行して、非常に重要なのが「安静」と「患部の挙上(きょじょう)」です。特に、足に発症した場合、歩き回ると炎症が悪化し、腫れや痛みが強くなってしまいます。患部を安静に保ち、炎症が広がるのを防ぐことが回復への近道です。そして、患部を心臓よりも高い位置に保つ「挙上」は、むくみ(浮腫)を軽減させ、痛みを和らげるのに非常に効果的です。自宅で療養する場合は、椅子やクッション、座布団などを利用して、常に足を高い位置に置くように心がけましょう。また、ズキズキとした痛みがつらい場合は、炎症を抑えるための解熱鎮痛剤(NSAIDsなど)が処方されることもあります。蜂窩織炎の治療は、薬を飲むだけでなく、安静と挙上という自己管理が、その効果を最大限に引き出し、スムーズな回復に繋がるのです。