IT企業でプロジェクトマネージャーを務める四十代男性Aさんの事例は、現代のビジネスパーソンが直面しやすい不眠の構造を如実に示しています。Aさんは新プロジェクトの立ち上げ以来、帰宅後もパソコンやスマートフォンを手放せず、深夜までメール対応を続ける日々を送っていました。やがて、布団に入っても脳が覚醒した状態が続き、三時間程度の睡眠で出社せざるを得ない状況に陥りました。当初Aさんは「自分はタフだから大丈夫だ」と過信していましたが、次第に簡単な計算ミスが増えたり、部下に対して攻撃的な態度を取ってしまったりするようになり、産業医から受診を勧められました。Aさんは最初、何科に行くべきか悩みましたが、まずは身体の健康診断も兼ねて総合病院の総合内科を受診しました。そこで行われた血液検査と問診の結果、身体疾患は見当たらないものの、慢的な交感神経の過緊張状態にあると指摘され、心療内科への紹介が行われました。心療内科での診察を通じて、Aさんの不眠は単なる過労だけでなく、完璧を求めすぎる認知の歪みが大きく関与していることが浮き彫りになりました。治療は、最新の睡眠導入剤の処方と並行して、認知行動療法(CBT-I)に近いアプローチが取られました。具体的には、寝室を仕事の持ち込み禁止区域に設定し、睡眠効率を上げるためにあえて布団の中にいる時間を制限する「睡眠制限療法」などが実施されました。また、医師の指導のもと、会社に対しても業務量の調整を依頼する診断書が出されました。治療開始から二ヶ月、Aさんの睡眠時間は安定して六時間を超えるようになり、日中のパフォーマンスも以前の状態を取り戻しました。この事例が示唆するのは、働き盛りの不眠において、診療科の連携がいかに重要かという点です。内科による身体的評価で異常がないことを確認した上で、心療内科による心理的・行動的アプローチに繋げることが、再発を防ぐ強固な治療スキームとなりました。また、産業医という企業内の窓口を活用することも、受診のハードルを下げる有効な手段であることを示しています。Aさんは現在「眠れないことは、仕事の能力が低いのではなく、休息の技術が足りないだけだった」と振り返っています。不眠を自己責任で終わらせず、適切な診療科のステップを踏むことが、キャリアを守るための最も賢明なリスクマネジメントであると言えるでしょう。