ある火曜日の朝、病院の玄関に黒いスーツを着た数名の男女が現れたとき、私は直感的にただならぬ事態が起きたことを悟りました。彼らは厚生局と都道府県の担当者で、提示されたのは医療法に基づく緊急の立ち入り検査、そして個別指導の延長としての監査の通知でした。いわゆる抜き打ち監査です。事務長として十数年勤務してきましたが、これほどの緊張感に包まれたのは初めてのことでした。彼らがまず要求したのは、当日の出勤簿と直近三ヶ月分のシフト表、そして特定の患者のカルテ数十冊でした。応接室は瞬く間に臨時の作業場へと変わり、張り詰めた空気の中で膨大な書類の照合が始まりました。監査官の目は極めて鋭く、カルテの記載内容と診療報酬の請求データに一分一秒の矛盾も許さないという気迫が伝わってきました。例えば、リハビリテーションの実施時間が、担当療法士の勤務時間外になっていないか、あるいは医師の指示が出る前に検査が行われていないかといった、極めて細かな整合性が問われました。職員たちは皆、動揺を隠せない様子でしたが、私は彼らに対し、ありのままを正直に話し、誠実に対応するよう指示しました。監査の最中、ある加算の算定要件を満たしているかどうかが焦点となり、何度も説明を求められました。私たちが正当性を主張する一方で、監査官は根拠となる記録の不備を指摘しました。その過程で、日頃の「これくらいは大丈夫だろう」という慢心が、いかに大きなリスクを孕んでいたかを痛感させられました。監査は夕方遅くまで続き、最終的にはいくつかの指摘事項と共に、改善報告書の提出が命じられました。幸いにも指定取り消しのような致命的な処分は免れましたが、その日を境に病院の空気は一変しました。監査という嵐が過ぎ去った後、私たちが得たのは、記録の正確性こそが医療を守る最後の砦であるという教訓でした。あの日の緊迫した空気と、監査官の厳しい眼差しは、今でも私の脳裏に焼き付いています。それは病院経営の厳しさを再認識させると同時に、適正な運営が患者さんの信頼に直結していることを改めて教えてくれる貴重な、しかし非常に苦い経験となりました。
抜き打ち監査の現場で事務長が体験した緊迫の一日